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京王高尾線の始発駅である北野駅から、一駅電車に乗れば、京王片倉駅です。
近くにある片倉城跡公園は、すでに時期を過ぎてしまいましたが、地名片倉の由来にもなったカタクリの群生地として知られています。同時期に桜の花も咲き、知る人ぞ知るお花見スポットです。
これからの季節は林からの湧水を溜めた湿地帯で、花菖蒲が見頃を迎えます。一本一本真っ直ぐに首を伸ばし、天を指して咲いた菖蒲の花。濃い紫、純白、青みがかった色、淡い藤色と紫色のバリエーションで咲き並ぶ様子は、萌え始めた若葉の緑にも映え、清々しい光景です。
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名称の通り、片倉城跡を整備し、昭和四七年に公園として開園したもの。 片倉城について詳しいことはわかっていませんが、築城は室町時代(一三三八〜一五七三)、鎌倉幕府の重臣
大江広元を祖とする、長井氏によるものといわれています。お城は現存しませんが、堅固な山城だったことが城跡からも分かります。 八王子も戦禍を被った太平洋戦争の際には、射砲陣地として使用されました。
現在ではカタクリや桜、花菖蒲、睡蓮、百日紅、秋の紅葉と、四季を通じて自然を楽しめる公園となっています。 公園入口は彫刻広場で、はす沼には睡蓮、鯉が泳いでいます。正面の階段を登って行くと立派な桜の木がある本丸・二の丸各広場へ。登らず右手へ進むと花菖蒲畑のある湿地帯、水車が回っています。
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片倉の地名は一帯に生息するカタクリ(片栗)の花に由来するといわれている。かつてこの花の鱗茎から採ったデンプンを片栗粉と呼んだ。(ちなみに最近はほぼイモ類から採っている。)
1つ1つは俯くように咲く赤紫色の控えめな花。花言葉は「初恋」「寂しさに耐える」とかわいらしい反面「嫉妬」「情熱」といったものもある。群生して咲く様子がまた、華やかで美しい。
日当りのいい早春の林で花をつけ短期間で根に栄養を蓄え、若葉が日差しを遮る初夏までに地上から姿を消す。そんなカタクリやフクジュソウなどを「スプリングエフェメラル(春の儚いもの)」と呼ぶ。
カタクリは、発芽1年目には細い糸状の葉を、7年目くらいまでは楕円形の葉を1枚だけ出す。鱗茎が十分育つと2枚目の葉も出てきて、花をつけるようになる。
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駅所在地の地名「片倉町」から。横浜線片倉駅との名称の重複を避けて、現駅名「京王片倉駅」に。 地名は一帯に群生する「カタクリ(片栗)」に由来するといわれている。この花は片倉城跡公園にも群生している。
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| 京王片倉駅 近郊情報 |
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片倉城跡公園 |
0.5km
| 横浜線片倉駅 |
0.5km
| 松門寺 | 0.6km
| 緑町公園 | 0.6km
| 六本杉公園
| 0.8km
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昭和六年三月、現存しない京王御陵線の駅の一つ、片倉駅として開業。 御陵線は戦況の悪化により昭和二〇年、一旦駅の使用を休止します。休止中の昭和三二年に横浜線に片倉駅が開業。このため、昭和四二年に京王高尾線の駅として使用再開された時には、駅名の重複を避けて京王片倉駅と命名されました。
付近には片倉城跡を整備して作られた片倉城跡公園があり、現在では、かつて戦場だったことが嘘のように、穏やかに自然の移り変わりを伝えてくれます。 駅周辺を歩いていて感じるのは、とにかく坂だということ。
駅自体も坂の途中に建てられていて、地上駅なのに一部が高架上になっている不思議な構造。駅を出た途端、道の両側が高地で視界が遮られ、国道一六号線沿いに建てられた大きな看板が進行方向を教えてくれます。
南方へと歩を進め、湯殿川に掛かった住吉橋を渡って行くと、川の向こう岸の家の屋根は歩行者の視界の下に見えます。 駅の利用者数こそ一日四千人前後ですが、駅付近で国道一六号線と北野街道が交わり、交通量は少なくありません。
開発され切っていないおっとりさも感じられますが、市の中心部にも近く、暮らし易そうな所です。 地域に根ざした商店あり、おいしいお店やカラオケなど遊興施設あり、自然もあり。
頑張れば市の中心部へ歩いて行ける距離で、車でも便利。 遊びに行くというよりは、住みたい街という感じです。
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京王片倉駅の概要 |
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・駅の形式 | 地上駅(傾斜地
にあり、北野駅寄りは高架駅) |
・ホーム | |
・一日平均乗降員数
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・停車車両 | |
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