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多摩の駅シリーズ
駅舎が坂の途中にあるため、北口からは階段を下り、南口からは上る。

駅名の由来

所在地の地名「豊田」から。日野市豊田は浅川沿いの町。読んで字のごとく、周辺が昔から「豊か」な「水田」地帯であったためにこの名がついたと思われる
豊田電車区。たくさんの車両が並んでいる。
文明は川のある場所から発達した。豊田を育てた川、浅川。
南口方面の商店街はレトロな雰囲気。健康食品のお店や作陶体験ができる工房などが並ぶ。
昔ながらの商店街に付き物の、ふてぶてしい態度の猫発見。涙模様。
黒川清流公園。木漏れ日の中、目の前まで迫った澄んだ流れを鴨が行きかう。立派な鯉もたくさんいる。ちょっと日本離れした風景。
八王子自動車教習所、駅から徒歩4分。奥の方では車道と鉄道の線路が交差している。
日野はブルーベリーの産地。夏までお待ちください。

中央線 豊田駅

 西の方から都心に憧れて上京した若者は、中央線沿線に部屋を借りて住む。都心で夢を追いかけつつも、どこか故郷に繋がっている安心感があるからだろう。そんな話を聞いたことがあります。
「中央線」の名の通り、都心の中央を突っ切って東西に走る路線。東京駅〜名古屋間駅約424.6q、総駅数にして112駅あります。
特に都心部には、中野や高円寺、吉祥寺など独特の文化が感じられる街も多く、若者に人気の路線。今回はそんな中央線の、豊田駅をご紹介したいと思います。

 

八王子駅から1駅、飲食店も多くたくさんの人で賑わいます。また豊田電車区には電車がたくさん休憩しています。多摩平、東豊田は緑地や公園も多く残されています。『八王子ラーメン横丁』でご紹介する「中華そば専門店 武富屋」も駅から徒歩5分のところにあります。

《 豊田駅周辺 》

南口方面は昔からの商店街で、お店の外まで鉢植えの花が飛び出した洋品店や縛ってある漫画雑誌を山積みにした書店など、レトロなお店が並びます。北口は緑を残して造成された新興住宅街。飲食店も多く、興亡を繰り返しています。

豊田にお住まいの方にとっては、豊かな自然も魅力の一部と言えるでしょう。
黒川清流公園を公園北側から見た印象は「鬱蒼とした林道」。人気無い公園内部に一人で入っていくのも、勇気が要ります。
でも、この公園の真価は南側方面。名前通りの清らかな流れ沿いを、ご老人や子供連れのお母さんが散歩し、サラリーマンらしい背広姿がベンチで休憩しています。日野に多く見られる、湧水を集めた小川です。
紅葉も美しい園内を小川に沿って歩いていくと、一角には鴨の一群が。餌がいいのか色艶もいい鴨達は人慣れた様子で、すぐ近くまで泳ぎ寄って来ます。

豊田駅 近郊情報
八王子自動車教習所
0.3km
工房 草の実
0.2km
アトリエ方丈庵
0.4km
黒川清流公園
0.6km
富士電機
0.5km
コニカミノルタ
0.8km
首都大学東京(日野キャンパス)
1.5km

豊田駅の歴史

明治34年2月、実業家による積極的誘致運動と費用の地元負担という条件で、念願の豊田駅開業。
昭和44年3月には橋上駅舎化。南口方面は古くからの住宅街ですが、多摩平団地建設に伴い北口も設置され、北口方面が新興住宅地として発展を遂げます。

豊田駅 概要

・駅の形式
橋上駅
・ホーム
島式、二面四線
・一日平均乗降員数
三万三千人強
・停車車両
普通電車、快速、
通勤快速、中央特快

 

〜中央線の歴史〜

〔中央線以前〕
明治18(1885)年3月、日本発の民営鉄道である日本鉄道によって品川線(現山手線)品川〜赤羽駅間開業。まだ環状線ではなく、住宅密集地であった東京・上野を避けて山の手(武蔵野)へ迂回するルートでした。新宿駅等もこの時に誕生しますが、当時はまだ開けていず、利用者は少なかったようです。
明治19年新宿〜八王子駅間の馬車鉄道の免許が下りますが、多くの貨物を長距離安定して搬送するため鉄道として着工。

〔中央線の前身 甲武鉄道誕生〕
明治22年4月、甲武鉄道新宿〜立川駅間開業、この頃から新宿の交通量は増え始めます。8月には八王子駅まで延伸。同時に八王子駅が、翌20年には日野駅が営業を開始。さらに東方へ延伸を続け、明治37年には御茶ノ水駅が開業しました。

〔国鉄中央線(中央東線)へ〕
明治34年8月に官設鉄道が八王子〜上野原間で営業開始。順次延伸を続け明治39年6月には塩尻駅開業。この時篠ノ井〜塩尻駅間の既存線(後に篠ノ井線として中央線から分離)も編入し、八王子駅〜篠ノ井駅を繋ぐ路線に。
明治39年10月、鉄道が国有化。

〔中央東線と中央西線〕
その後も路線の複線化を進めつつ延伸を続け、大正8年3月、東端が東京駅へ達しました。
一方、明治33年に名古屋〜多治見駅間で開業し、明治43年までに木曾福島駅まで延伸した路線は、名称設定の際に中央西線と命名されます。東京を始点とする線は中央東線です。
塩尻〜宮ノ越駅間は明治42〜43年に中央東線として開業しましたが全通後は中央西線に数えられます。
明治44年5月両者を繋ぐ宮ノ越〜木曾福島間が開通して東京〜名古屋間全通、中央本線(中央線)となりました。中央線と中央本線の違いについて、東京〜高尾または大月駅間を走行するのが「中央線」という説がありますが、基本的にオレンジの車体は中央線、青色系は中央本線上を走行する電車と考えていいようです。

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