私の部屋のキャビネットの棚に1台の古いカメラが置いてある。
24年前に亡くなった親父の形見である。
生前、写真を撮るのが趣味の一つだった親父は、よく私たち兄弟の日常のさりげない一コマをシャッターに収めていた。撮影されるとわかると不自然に身構える。幾分表情も強張りビビッドな味わいが隠れてしまう。構図も考えられ全体的にきれいだがなんとなくつまらない。その反対を常に親父は狙っていた。
形見の愛機は「Nikon FE」。フィルム装填型の旧式一眼レフカメラである。当時、高級なNikonのカメラの中にあって比較的廉価な機種だった。
古いアルバムをめくる。そこには紛れもなく、家族の日常が生き生きと刻まれていた。
みんな若かった。
昔は隠れてカメラを構える親父がうっとうしくて嫌だったが、お陰で家族の歩んできた歴史が古いアルバムのページにあふれている。今となれば我が家の貴重な宝。
今でもあの世から私たち家族の日常を、生の刹那を、その一瞬一瞬を逃さずシャッターを切っている親父がいるような気がしてならない。そう思うと、恥ずかしくない生き方をしなくてはと幾分身構えてしまうが、親父のシャッターチャンスを潰さず、思うまま望むままに自然におおらかに生きていくのがいいのかもしれない。

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